手紙論文・論文手紙

年若き、HN神学生との対話に向けて

年若き、HN神学生との対話に向けて★インターネトを通して、知り合ったHN神学生とのやり取りは、ご家族が東青梅で主日礼拝を続けるちいロバ聖書集会の集いに参加なさる広がりを持ってきています。 50歳前後の年の隔たりを越えて、私たちの間に対話が成り立つ…

畏友新井明先生への宮村からの手紙・メールは、たとえばこれ

畏友新井明先生への宮村からの手紙・メールは、たとえばこれ「新井明先生ご夫妻 2011年4月16日 頌主 先には、「母なる」Amherstをご恵送下さり、心より感謝しました。 新井先生に個人的にお尋ねしたいと考えていたことごとが、みな明記されていると言っても…

敬愛する新井明先生からのハガキ、感謝

敬愛する新井明先生からのハガキ、感謝★1978年から1986年沖縄移住まで、日本女子大学英文科の講座『聖書』を、非常勤講師として担当。その際出会った新井明先生とは、それ以来、主にある文通を継続、時に応じて直接面談する機会を与えられてきました…

沖縄の女性物沖理学研究・教育者からの便り

沖縄の女性物沖理学研究・教育者からの便り「宮村先生ご夫妻へ頌主 お祈り感謝いたします。私用で,福岡・大分・佐賀を回ってきました。 紅葉の季節,海・山・川に親しむことができました。 美しかったです。それに美味しかったです。ブログを拝見いたしまし…

「聖書をメガネに 桐生悠々の名を初めて聞いたあの時」の,小さくない恵みの波紋 その3「加藤常昭先生と対話、昨日、今日」

「聖書をメガネに 桐生悠々の名を初めて聞いたあの時」の,小さくない恵みの波紋 その3「加藤常昭先生と対話、昨日、今日」 ★竹森先生が、弥栄子姉の子供への話をご指導なさっていたとの、夫である森先生の言葉は、私にとって深い慰めです。 森ご夫妻を、吉祥…

順天堂大学医学部の樋野興夫先生の、多岐にわたる活動報告:第179回「がん哲学学校」 不条理に生きる心得〜「直向きな姿勢」〜

順天堂大学医学部の樋野興夫先生の、多岐にわたる活動報告:第179回「がん哲学学校」 不条理に生きる心得〜「直向きな姿勢」〜 「宮村先生 感謝申し上げます。今日、駅の売店で、立ち読みですね! <迷いなき大悟>小林麻央、2人の幼な子に刻む「母は力強く…

順天堂大学医学部の樋野興夫先生から、「喜びカタツムリの便り」2−29号の応答として、心と業についての便り

順天堂大学医学部の樋野興夫先生から、「喜びカタツムリの便り」2−29号の応答として、心と業についての便り「感謝申し上げます・ 樋野 第178回「がん哲学学校」第31回発癌病理研究会〜 『真摯な魂と純度の高い専門性』 〜 筆者は、この度、会長を仰せつか…

日本聖公会への敬意と親しみを伝えた文に対して応答

日本聖公会への敬意と親しみを伝えた文に対して応答 先に、クリスチャントゥデイの記事へのコメントして、日本聖公会への敬意と親しみを伝えた文への応答として、北海道聖書学院で学ぶ 川粼 憲久 神学生から以下の連絡をいただき、感謝。 「昨年、伝道実習で…

敬愛する、順天堂大学医学部の樋野興夫先生の生まれ故郷に根差し、同時に世界に広がる証の報告

敬愛する、順天堂大学医学部の樋野興夫先生の生まれ故郷に根差し、同時に世界に広がる証の報告第177回「がん哲学学校」 『大きな目的をもつ』〜 人間は、おのずから成長する 〜 盆休みに、wifeと帰郷した(鵜峠)。 久しぶりに母(93歳)に逢い、涙なくして…

1990年代、沖縄から、日本女子大の新井明先生への手紙 その9

1990年代、沖縄から、日本女子大の新井明先生への手紙 その9「頌主 一九九七年度の日本女子大の歩みも、ゴールデンウイークを過ぎ、本格的なものになっている頃と推察いたします。新井明先生のお働きが、益々豊かに用いられて行きますよう、主の導きを…

1990年代、沖縄から、日本女子大の新井明先生への手紙 その8

1990年代、沖縄から、日本女子大の新井明先生への手紙 その8「頌主 学年中のご多忙な日々、主のご真実な支えを受け、お励みのことと思います。 この度も、『インタープリテーション』最新号をご恵送くださり感謝いたします。 特に五十周年記念号、また…

1990年代、沖縄から、日本女子大の新井明先生への手紙 その7

1990年代、沖縄から、日本女子大の新井明先生への手紙 その7「頌主 目白のキャンパスでは、すっかり秋の深まりが周囲をおおっている頃と思います。こちら沖縄では、まだ半ソデです。 この度も、『若木』25号をご恵送くださり、感謝します。特に、「ミ…

1990年代、沖縄から、日本女子大の新井明先生への手紙 その6

1990年代、沖縄から、日本女子大の新井明先生への手紙 その6。★新井明先生のお働きの一つ、『インタープリテーション』を毎回恵送くださり、学びのため活用させて頂きました「頌主 十月に入り、御地では秋の気配も次第に深まり行く頃と思います。日本女…

1990年代、沖縄から、日本女子大の新井明先生への手紙 その5

1990年代、沖縄から、日本女子大の新井明先生への手紙 その5「頌主 尊い研究・教育のお働きにお励みのことと思います。前期から後期へと、女子大のキャンパスも秋の気配が深まりつつある頃と思います。 いつも、『若木』ご恵送くださり、感謝しておりま…

1990年代、沖縄から、日本女子大の新井明先生への手紙 その4

1990年代、沖縄から、日本女子大の新井明先生への手紙 その4★佐敷教会の平良修先生を訪問、新井明先生を紹介する機会を持て、感謝でした。 また首里福音教会の集会が、新井先生に那覇聖書研究会の方々が直接お会いする機会となり、うれしい恵みの波紋で…

1990年代、沖縄から、日本女子大の新井明先生への手紙 その3

1990年代、沖縄から、日本女子大の新井明先生への手紙 その3頌主 夏休み直前の日々、日本女子大学での尊いお働きのため、お励みのことと思います。 いつも、『インタープリテーション』、『若木』を御恵贈くださり感謝しております。特に、『若木』の編集後…

1990年代、沖縄から、日本女子大の新井明先生への手紙 その2

1990年代、沖縄から、日本女子大の新井明先生への手紙 その2「頌主 夏休みの日々、いかがお過ごしでしょうか。 この度も、『インタープリテーション』第十五、十六号をご恵送くださり感謝いたします。一つの家庭集会と水曜日の聖研でイザヤ書を味わっている…

1990年代、沖縄から、日本女子大の新井明先生への手紙 その1

1990年代、沖縄から、日本女子大の新井明先生への手紙 その1★1978年度から1985年度まで8年間、日本女子大での講座「聖書」を非常勤として担当したのは、私にとり貴重な恵みの経験でした。 特に、そこで新井明先生と出会い、その後現在に至るまで、主にある…

順天堂大学医学部の樋野興夫先生から、「言葉の威力」をめぐる的確な報告

順天堂大学医学部の樋野興夫先生から、「言葉の威力」をめぐる的確な報告「宮村先生 感謝申し上げます。樋野興夫第174回「がん哲学学校」 言葉の威力〜「はじめに言葉があった」〜 BSフジ プライムニュース(2016年7月26日 8:00pm〜10:00pm)『「がん患…

1990年代、沖縄から、佐藤全弘先生への最初期の手紙 その3

1990年代、沖縄から、佐藤全弘先生への最初期の手紙 その3★佐藤全弘先生は、三重県の愛農高校、島根県の愛真高校のため重要な役割を果たし続けられました。 その佐藤先生に伊江島中高キャンプの報告をなし、教導を頂けたのは、いつも励ましでした。 「頌主 …

1990年代、沖縄から、佐藤全弘先生への最初期の手紙 その2また佐藤先生による書評再録

1990年代、沖縄から、佐藤全弘先生への最初期の手紙 その2また佐藤先生による書評再録★心からの感謝 1992年、大阪市立大学名誉教授佐藤全弘に、最初にお会いしました。 佐藤先生が、内村鑑三記念講演会でのご講演のため来沖なさった際、第1回首里学生センタ…

1990年代、沖縄から、佐藤全弘先生への最初期の手紙 その1

1990年代、沖縄から、佐藤全弘先生への最初期の手紙 その1 1992年6月、那覇聖書研究会(無教会)の兄姉との主にある交わりを通して出会った、佐藤全弘先生。当時大阪市立大学哲学科教授との文通は、その後沖縄滞在中、さらに今日まで、私の歩みにとり深い喜…

1990年代、沖縄から、高橋三郎先生への手紙 その2

1990年代、沖縄から、高橋三郎先生への手紙 その2★私の生涯は、あれもこれも、中途半端。伊江島主僕高校なども、まさに見果てぬ夢です。ただ一度、高橋先生を訪問したのも、実現しなかった、伊江島に高校をとの思いについて助言を頂くためでした。 そうした…

1990年代、沖縄から、高橋三郎先生への手紙 その1

1990年代、沖縄から、高橋三郎先生への手紙 その1★日本クリスチャンカレッジの学生時代、西荻のキリスト教書店で、高橋三郎先生の最初期の著作を、偶然手にし深い感銘を受けました。 その後、もみの木幼児園の10周年を記念して出版した、『存在の喜び』を…

1990年代、沖縄から、高橋三郎先生への手紙その8

1990年代、沖縄から、高橋三郎先生への手紙その8★1990年代、高橋三郎先生への手紙において、重元ご夫妻は、私たちの主にある戦友。そして2016年7月22日の集いにおいても、感謝。 「頌主 『十字架の言』三月号を、感謝をもって受け取りました。今年無教会の全…

1990年代、沖縄から、高橋三郎先生への手紙 その7

1990年代、沖縄から、高橋三郎先生への手紙 その7★高橋先生との文通を通して、いつも直面していた課題は、まさに聖なる公同の教会です。それぞれの場での聖書の味読・身読を通して、聖なる公同の教会の現実性を確認する恵みに与っていたと、今、改めて確認し…

1990年代、沖縄から、高橋三郎先生への手紙 その6

1990年代、沖縄から、高橋三郎先生への手紙 その6★「すでに」と「未だ」、さらに「やがて必ず」の三側面持つ、新約聖書を一貫する終末論的あり方を、文通を通しても教えられ確認しました。 「頌主 昨日、『十字架の言』八月号を受け取りました。一号、一号ど…

1990年代、沖縄から、高橋三郎先生への手紙 その5

1990年代、沖縄から、高橋三郎先生への手紙 その5 ★個々の聖句がバラバラでなく、聖書全体が有機的に結び付いている。 同様に、私たちの生活と生涯の個々の事柄もばらばらの偶然の集まりでなく、神の摂理の御手にいる、神のご経綸の中での事実との確信が、高…

1990年代、沖縄から、高橋三郎先生への手紙 その4

1990年代、沖縄から、高橋三郎先生への手紙 その4 ★高橋三郎先生との文通と並行して、高橋先生と同じく無教会の立場にある新井明先生と佐藤全弘先生との文通の機会を与えられて来ました。 新井明先生との出会いは、日本女子大での恵みの宝です。 佐藤全弘先…

1990年代、沖縄から、高橋三郎先生への手紙 その3

1990年代、沖縄から、高橋三郎先生への手紙 その3★高橋三郎先生と私の文通は、全くの個人的なもので、組織的結びつき一切ありませんでした。しかし同時に豊かな人脈の広がりを内包している事実を覚えます。 例えば、ちいロバ聖書集会の鮫島夫妻や石川福音教…