3月25(月) Ⅰペテロ5章の味わい その8

       久し振りで予定のない月曜日。郵便局に行けたら。杖を突き痛みを感じ  

       ながら徒歩は、今やひと仕事。
       動画発信中断中

      1ペテロ5:8

 

1ペテロ5:8

[1]前半

 深刻な注意

「身を慎み、

 目をさましていんさい。」

ペテロが執拗なまでに注意しているのは、戦いの厳しさを手痛い経験を通して実感しているから。ペテロは、ゲッセマネの園で、目を覚まして主イエスに従うことが出来なかった。

 

 [2]後半

状況の厳しさを、敵を明示し、比喩的表現を重ね強調。

「あなたがたの敵である悪魔が、

 ほえたけるししのように、

 食い尽くすべきものを探し求めながら、

 歩き回っています。」

 

イスラエル在住のゴードン神学院の同期生からの便り

イスラエル在住のゴードン神学院の同期生からの便り

 

Israel Elections 2019
Because you may be interested, I want to
explain the voting system in Israel which is
in contrast with the elections in the United
States. As you know the elections in the USA
last for a ridiculous length of time, like two
years, and that billions of dollars are spent on
candidates that could be used for much
worthier purposes.
Any citizen aged 21 or older can stand as a
candidate for the only house of parliament in
Israel, the Knesset, and every citizen of Israel
18 years of age and older is eligible to vote.
.
In order to vote in Israel a person has to present their citizenship ID card that proves that they are
a citizen in order to vote at a designated location. They vote for a party and not a candidate like
in America. They step behind a screen
where all the party slips according to color
are laid out. The voter picks the party he or
she prefers and places it in a sealed
envelope which is dropped in the ballot box.
A party must receive at least 3.25% of the
votes in order gain a place in the Knesset.
There are at least 34 political parties in
Israel. Those who earn a seat in the 120 seat
Knesset is determined by how many votes a
party receives. Each party has ranked those
members who will fill the particular seats earned by that party.
When the voting is completed and results are known, Israel will have it’s 21st Knesset, but no
Prime Minister. All the parties can recommend a Prime Minister to the President who has an
honorary and not political position somewhat like that of the King or Queen in England. The
President chooses a designated Prime Minister which is usually the leader of the party who
gained the most seats from the election. But that person is still not the Prime Minister because he
has to form a coalition with other smaller parties in order to reach a total of at least 61 seats in
the Knesset make up of his party and the other parties that join with him.
If the designated Prime Minister fails to form a coalition with the required number of seats in the
Knesset in the allotted 42 days, then the President will allow 28 days for the leader of the party
with the second highest number of votes to try to form a coalition. If that fails, the President will
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allow the party with the third highest number of votes to try. But if after the third try there is no
coalition then the President will dissolve the Knesset and call for a fresh election.
Once the Prime Minister designate has successfully formed his government, the coalition must
report to the Knesset what its basic policies are, which parties are in the coalition, and who gets
which portfolios that make up the various departments of the Prime Minister’s cabinet. After the
Knesset votes to affirm the formed government, the Prime Minister and his new government will
be sworn into office.
The current Prime Minister, Benyamin Netanyahu, of the Likud Party currently is expected to
win 29 seats while the new Blue and While Party (a combination of leftwing parties with
multiple potential leaders) is estimated to win 31 seats. It is too early to tell for sure how people
will vote. Whoever comes out with the most seats will need the smaller parties in order to form a
government.
Please keep the Aril 9th election in your prayers that God’s choice for leading Israel will be
evident.
By Frank Mecklenburg, Freelance Writer
March 21, 2019
Info from the media and an article by Shoshana Kordova in the HaMizrachi
Magazine.

3月24(日) Ⅰペテロ5章の味わい その7

       千葉酒々井三上宅主日礼拝宣教担当
       動画発信中断中

      1ペテロ5:7

 

1ペテロ5:7

[1]前半

 命令・勧め

「あなたがたの思い煩いを、

 いっさい神にゆだねなさい。」

否定的に指摘されている「思い煩い」の内実は。

 

 

 [2]後半

約束、その根拠、保証

「神があなたがたのことを心配してくださるからです。」

★そうであれば、私たちが第一になすべきことは。

神の国とその義とをまず第一に求めなさい」(マタイ6:33)

 
 

平良喜朗神学生と私の沖縄聖書神学校での出会いと交わりは、安慶名教会の成長の背景の中で、深まり広まり続けています。
 そして幾重もの恵みの絆が波紋のように生まれています、感謝。

 
このウェブサイトについて
 
 
christiantoday.co.jp
 
2月の沖縄訪問は、例年に比較して2月2日から13日までの短期間でした。しかし充実した集会や個人・家族との深い交流を重ね、心満たされました。例えば、安慶名(あげな)バプテスト教会創立47周年記念主日礼拝...
 

3月23日(土) Ⅰペテロ5章の味わい その6

                        14:00鍼往診治療 手紙書き他
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       1ペテロ5:6


Ⅰペテロ5:6

群れの長老たち→若い人たちに対して

[1]前半

「ですから」

しっかりした根拠に基づく

勧め

「あなたがたは、神の力強い御手の下に

 へりくだりなさい。」

 

 

[2]後半

心に届く励まし

「神が、ちょうど良い時に、

 あなたがたを高くしてくださるためです。」

★「時が来ればあなた方をお高めですから」(前田護郎訳)。

 

クリスチャントゥデイの働きの原点―クリスチャン新聞での経験―その3 再録

クリスチャントゥデイの働きの原点―クリスチャン新聞での経験―その3 再録

クリスチャントゥデイの働きの原点―クリスチャン新聞での経験―その3
地域教会で、主日礼拝を中心に説教牧会また神学校や大学での授業を担当して来ました。
執筆活動と言っても、聖書講解などを中心とした限られた読者を対象にしたものです。
  ...
そうした中で、現在のクリスチャントゥデイの編集長としての働きの原点が、クリスチャン新聞での経験にある事実を認め、感謝しています。
一つは、1986年4月、沖縄へ移住した時から、長期にわたり、月一回のコラム・「季節の窓」を担当したことです。不特定多数の人々への文章を、実在の個人への手紙を中心に書き続けたのは、良い訓練になりました。
もう一つは、さらに早く、1970年の経験です。
1967年10月に、4年間の留学から帰り、寄居キリスト福音教会牧師に復職。1969年4月から東京キリスト教短期大学で授業を担当するようになり、1970年4月には、青梅キリスト教会に転任。
 そうした中で、クリスチャン新聞の、「福音主義とは何か」をテーマにした大型の連載記事執筆の一員に、先輩の先生方に交じって一番若い書き手として招かれたのです。
 以下の3回の記事の記述は、今にして思えば、クリスチャントゥデイの働きの原点であったと、当時訓練の機会を与えて下さった方々に改めて感謝しています。
「終末論をめぐって パウロ雄大な万物観」
今週の発言者…宮村武夫(日本新約基督教団青梅キリスト教会牧師)
ローマ書の中心聖句
使徒パウロの立場で福音主義を考える場合「ローマ人への手紙」を開かないわけにはいきません。福音主義とは、ローマ人への手紙の中で、中心的課題とされているものを、いつでもなく1970年、どこでもなく日本で深く理解し、その理解に従って、戦いつつ生きていくことにほかならないともいえます。
豊かな内容をもったローマ人への手紙の中心聖句を一つ選ぶのは、なかなか困難な仕事です。しかし、この困難な課題に、向う見ずに答えることが許されるなら、11章36節を選びたいのです。
「すべてのことが神から発し、神によって成り、神に至るからです。どうか、この神に、栄光がとこしえにありますように。アーメン」
この短い讃美、礼拝の言葉は、ローマ人への手紙、いや、聖書全体の中心メッセージを実にはっきりと表現しています。唯一の、生ける、真の神との生きた関連ですべてのこと・万物を見ています。
すべてのこと・万物は、その始原(神から発し)、現在の保持(神によって成り)さらに終末的目標(神に至る)を、唯一の、生ける、真の神の中にのみ持つとパウロは宣言しています。
万物の始原と終末
これこそ徹底的な神中心の思想と生活の基盤であり、人生の主なる目的であり、最上の幸福なのです。神を崇め、神との関係で、すべてのこと、万物を見るのでなければ、私たちの状態は野獣よりも不幸になってしまいます(ジュネーブ教会信仰問答、問一、三、四、六を参照)。
そうです。11章36節が提示する、唯一の生ける、真の神との関係で、万物をはじめと目標の両方から見ている点をとくに注意する必要があります。
次に、パウロにとって終末的展望が、いかに大切であったかを知る有力な手掛りとして、ローマ8章18節から25節を取り上げたいのです。
8章17節までと、27節以下では、救いとは、父、御子、御霊の愛の交わりの中に入れられることであり、イエス・キリストのゆえに、御霊によって、神を「アバ、父よ」と呼ぶ特別な立場に生かされることだとパウロは明示しています。ですから、18節から25節までは、前後関係の中で、ポンと割り込んだように書かれており、パウロがどうしても書かざるを得ない事柄の重要性を示しています。
すなわち、神を「アバ、父よ」と呼ぶ恵みの立場が、被造物全体との係わりや終末論的
展開において宣言されている事実を見ます。
パウロは、「私たちは、被造物全体が今に至るまで、ともにうめきともに産みの苦しみをしていることを知っています」(22節)と断言しています。さらに、「そればかりでなく、御霊の初穂をいただいている私たち自身も、心の中でうめきながら、子にしていただくことを、すなわち、私たちのからだの贖われることを待ち望んでいます」(23節)と続けます。これから明らかなように、キリスト者は、被造物自体の産みの苦しみの背景の中で、うめく者として、つまり、途上にある者としての歩みを続けます。ですから、キリスト者には政治的、宗教的、あらゆる意味での自己満足との戦いがあります。
キリスト者の戦い
しかも、それは、待ち望む者としての戦いなのです。つまり、望みし神の恵みの事実に生きる者として、いかなる種類の虚無ともキリスト者は戦うのです。
以上見てきたように、パウロは、神を「アバ、父よ」と呼ぶ救いの事実を提示するに当たり、被造物全体(すべてのこと・万物)の課題と終末的展望を割り込ませ、自己満足と虚無との戦いをはっきりと打出しているのです。ここで大切なのは、周囲(宇宙、世界、文化)との係わりで、救いが提示されている事実です。
70年代への姿勢
また終末的展望とは、目と見える事実以上のより根元的な現実、つまり、神の恵みの事実にたいする望みを意味します。ですから神の恵みの事実からの断絶によって生じる虚無とも徹底的に戦わねばなりません。
結局、福音主義とは、あらゆる種類の自己満足と虚無にたいして、パウロの理解し、主張する意味での望み(道の光、戦略)と忍耐(足のともしび、戦術)をもって、1970年日本で生き戦うこと、底に徹して、事の本質を見抜き、神の恵みの事実を見据えて、いかなる一時的現象にも左右されずに戦いつつ生きることにほかならないと確信します。

クリスチャントゥデイ 第107回編集会議(2019年3月8日)

 
開催日時:2019年3月8日(金)
開催場所:岩本町事務所

(1)宮村師メッセージ

私は身を横たえて眠り、また目を覚まします。主が私を支えてくださるから。私は幾万の民をも恐れない。彼らが私を取り囲もうとも。(詩篇3:5-6、新改訳2017)

詩篇3篇には、編集者が付けたものだが、「ダビデの賛歌。ダビデがその子アブサロムから逃れたときに」と注がある。イスラエルの王ダビデが自身の子から反逆されるという、とんでもない状況で書かれたのが3篇。そして5節には、敵に取り囲まれているそのただ中で「主が私を支えてくださる」とある。「主が私を支えてくださる」というと、どんなに特別なことかと思いきや、5節には寝起きという日常のことが語られている。

今回、肋間神経になって、2月の沖縄滞在10日間のうち、最後の3日間くらいは、末の息子の家でお世話になった。畳の上に布団を引いて寝たが、とても痛かった。思わず大きな声が出てしまうほど。その中で楽しみは、牧師の集まりに出てから東京に帰ることだったが、少しでも早く家に帰らなければいけないという状況だった。

家にある介護用ベッドであれば寝起きが楽にできると思い、それを楽しみにしていたが、痛みでそれもできなかった。君代に手を支えてもらわないと、寝られないし、起きられなかった。自分で寝られない、起きられないことを経験して、寝起きすることがどんなに恵みかを感じた。小さなこと、当たり前のことに恵みを感じなければ、と言葉では言ってきたが、この5節のことを、体を持って経験した。

「小さなことのうちに恵みを知る」とは、私の言葉で言えば、「小さな者を侮る者は、大きな者にたじろぐ」。小さなことに恵みを見ることができないのであれば、困難に見える状況の中で、主の守りを確信することは難しい。

6節を見ると「幾万の民をも恐れない」とある。寝たり起きたりすることと、幾万の人々に囲まれることを比較するのはおかしいことだが、幾万の人々さえも恐れないという確信は、小さなことに対する恵みを知らなければ持てない。

クリスチャントゥデイにおいても、この確信を持たなければいけない。単なる情報が発言力を持つのではなく、現実の中で信頼の判断を。どんなに幼くても、どんなに小さくても、私自身の告白として、「主が私を支えてくださる」と告白すること。

そういった意味で、クリスチャントゥデイの編集会議は礼拝の場であると言ってきたが、これはクリスチャントゥデイに関わる一人一人が御言葉に生き、そしてその中から、生きた記事を書いていこうとすること。5節と6節の内的な関わりを、この2月、3月に考えさせられた。4月からは大きく主に期待していきたい。

(2)前回議事録確認
(3)アクセス報告
(4)取材スケジュール確認
(5)イースターの寄稿について
(6)設立17周年企画について