1990年代、沖縄から、高橋三郎先生への手紙 その7

1990年代、沖縄から、高橋三郎先生への手紙 その7

★高橋先生との文通を通して、いつも直面していた課題は、まさに聖なる公同の教会です。それぞれの場での聖書の味読・身読を通して、聖なる公同の教会の現実性を確認する恵みに与っていたと、今、改めて確認します。

「頌主
 『十字架の言』378号を、昨日受け取りました。今月号も、受け取ることが許された感謝の思いをもって。
 待晨堂で、『無教会主義の反省と未来展望―ドイツ通信―』に出会った、東京・杉並の日本クリスチャン・カレッヂの学生の日、そして、今、沖縄の地で、ヘブル人への手紙十三章7,8節の勧めと恵みの宣言を心に刻みながら、『十字架の言』を毎月、そして今月も読まして頂いております。
 
「義人にして罪人」の全体、特に「私は狭い病室の中に閉じ込められ、のっぴきならぬ対人関係の中に置かれて、自分の罪の深刻な事態に愕然として目覚めた」との文章、高橋三郎先生ご自身、今、ここで、日本の歴史・文化の奥深く潜み罪との徹底的な戦いが、主イエスの深い、豊かな恵みの中になされているとの思いを深くします。
 
私ども、9月12日の木曜聖研の民数記28、29章の学びを通し教えられた点(同封のレジメ(4))と重なると理解します。内なるレッテル主義、差別主義、パウロが「・・・と・・・の差別を越えてすべて」と、具体的な状況の中で戦っている課題、主イエスの福音の宣教―真の公同性を成立、誕生させる―によって克服される課題として。
 
主日礼拝では、Ⅱコリント6章12節の「窮屈」の問題、6章14節の誤解、曲解、6章17節に引用される旧約聖書における「分離」の一面的な受け止め方、これらに対決・克服する7章2節の「心開く」のパウロ自身の実践(6章11節)として、教えられています。
 主イエスの恵みを祈りつつ 96年9月21日 宮村武夫 
高橋三郎先生」