『丸太の笑いから喜びカタツムリの歩みへ』  その3

[3]脳梗塞アフター
(1)入院中、恵みの人間関係幾重にも脳梗塞発症から退院までの3箇月間、病院のスタッフ一同をはじめ実に多くの方々との交わりの中に支え守られてきた事実を覚え、心より感謝しています。人間と人間の出会いとその深まりは、実に様々で幾重にも重なる豊かなものでした。
 まず祈り。処々各所の方々の祈りが一身に注がれ、
「信仰による祈りは、病む人を回復させます」(ヤコブ5章15節)との約束の成就を経験させて頂きました。
 小さな携帯電話も良き道具となりました。これを用いて、大きく広がる様々な地域の方々と会話を交わし祈りを合わせ、恵みの波紋の広がりを味わったのです。半月で4万と余りの急激な使用の増加で、電話局が案じて連絡をくれたほどでした。結局割引料金があり、君代は助かったのですが。
 手紙・メール。左手には麻痺が残りましたが、右手は自由に用いることができ、幸いでした。時間は今までよりはるかにかかります。しかし彫刻刀で文字を刻むようにして手紙を書き続けることができたのは、やはり小さくない恵みでした。さらに制約のある中で、メ−ルもそれなりに利用できました。
 近くから遠くからの見舞い客の来訪。12月18日(金)入院直後、多忙な中駆け付け祈ってくださった、那覇バプテスト教会の国吉先生をはじめ、多くの方々が訪問くださり、祈ってくださいました。
 特に大浜第一病院ではほとんどの病室が個室でしたので、訪問くださった方々と落ち着いた対話を重ねることができ、訪問くださった方も訪問を受けた私も周囲を気にすることなく、ともども心満たされたのです。
 2月には、次弟義男夫妻と長女の美喜子が来沖、東京深川の実家から遠く離れた沖縄の地でゆっくりした家族の交わりのときを与えられ、幸いでした。
 3月には透析を続けていた妹嶋崎恵美子が娘二人に守られて東京から訪問してくれました。その妹は、昨年12月17日(土)キリストのもとに召され、弟と兄牧師二人の司式で前夜式と告別式を執り行いました。
 多くの方々から心のこもった見舞を受け励まされ支えられました。様々な苦悩の現実を承知しながら、なお病室は、笑い声が絶えず、まさに具体的な深さと広がりを豊かに含むコイノニア・交わり(Ⅱコリント8章1−15節)でした。

 さらに入院中の二つの集まりを忘れることができません。
 一つは、3月5日(金)午後2時、大浜第一病院のレストラン予約席で幸いな読書会を開くことができたのです。
 私の主治医伊志嶺真達医師は、毎朝のように病室を訪問くださり、時間的制約の中実に心満たされる交流を重ねました。そうした中で読書会のため会場をアレンジしてくださったのです。出版されて間もない、宮村武夫著作集Ⅰ『愛の業としての説教』に含まれている「聖霊論の展開」を中心にした読書会で、沖縄の社会に生きる多様な背景を持つ11名の方が集いました。入院中病院のレストランで。
3月22日(月)、うるま市の石川福音教会で、重元清牧師の真実の表現として、「沖縄で、ヨハネに学ぶ」(ヨハネ14章15−117節)とのタイトルで、学びの会。
 これは、入院中の外出の形で実行でき、やはり特別な喜びでした。

(2)人間・私・からだの三位一体なる神による支え
 脳梗塞発症後100日余の入院中、吉嶺作業療法士による入魂のリハビリの積み重ねで左手の指一本が発症後初めて1ミリ動いた瞬間、自分はからだ・からだとしての私を徹底的に自覚したのです。
同時に、からだ・人間・私は、まさに人格的存在。そして永遠の愛の交わりである三位一体なる神こそ、人格的存在人間・私の根源的な支えと確信は一段と深まりました。
 「存在の喜び」(宮村武夫著作7『存在の喜び』)とは、徹頭徹尾からだである人格的存在としての人間・私に注がれ溢れる喜び。この「存在の喜び」を、不自由な左手・指や杖を用いて喜びカタツムリの歩みをなしながら、しみじみ味わい知りました。
 そして喜びの応答です。永遠の愛の交わり・三位一体なる神こそ、まさに人格的存在である人間・私の根拠である事実を、ヨハネ福音書からの説教・宣教において展開できればと願い、入院中の読書会また退院直後の主日礼拝で小さい一歩を踏み出しました。
 さらには、医療の現場や医学教育における、三位一体論的根拠付けを展開できないか思い巡らしを始めたのです。
 たしかに自動車修理工場における故障車と総合病院における患者の間には、類似関係があります。故障車の各部品を冷静に客観的に検討しながら車全体の修理がなされ正常な車として回復する。病院における患者に対しても、同じく冷静さと客観性が求められるのは確かです。
 しかし同時に、自動車修理工場における故障車と総合病院における患者の間には、明確な区別性も、当然ながら認める必要が絶対あります。
 ところが現実には、この当然なこと、絶対必要なことが軽視されたり、見失われたりしていないか。要の一つは、医学教育のあり方であり、この点は、私なりに関わり見聞きして来た神学校教育に対する私の不安と不満に相通ずるのではないか判断しています。