2017年7月 『姦淫の女』ヨハネの福音書8:1〜11                       作  平井 正道                       演出 山本 精二

2017年7月
『姦淫の女』ヨハネ福音書8:1〜11
                      作  平井 正道
                      演出 山本 精二
キャスト
  パリサイ人A(パリA)、パリサイ人B(パリB)、女、イエス
  〇〇先生
女が座り込んでいる。
横で、律法学者とパリサイ人が、イエスに問い詰めている。

パリA 先生、こちらは律法の解き明かしでご高名な○○先生です。もちろん、ご存知かとは思いますがね!私たちは、○○先生の下でお手伝いをしております。この間…

パリB こらこら、私たちの努力の成果を示すのはよしたまえ!
さて先生、実は今日、私たちが考えてもわからないことを先生にお聞きしたいと思いましてね。あそこの女、あれは姦淫の現場で捕まえられたのです。実に汚らわしい!ああ!神はどれほどお怒りでしょう!
先生、モーセの律法には、あのような女は石で打ち殺すように書かれております!先生、あなたはどうお考えなのでしょうか。私たちは学問の足りない者でしてね…。ぜひ、先生のお考えをお聞かせ願いたい!

エス、黙って地面に何かを書いている。
女が独白を始める。
女 私は姦淫の女。みんなで寄ってたかって私を石で打とうとしている。私の家は貧しかった。家のことは昔から嫌いだった。親が決めた通りに嫁ぎに行ったけど、夫は私を愛してくれなかった。
そんなとき、あの人だけは私に優しくしてくれた。世界がどんなに私に辛く当たっても、あの人だけは私の味方だと思ってた。だけど、あの人もどこかに行ってしまった。私、騙されてたんだ。
結局、私を心から気にかけてくれる人なんか、一人もいなかった…。

エスは相変わらず地面に何かを書き続けている。
パリA あの〜先生。そろそろ、何か言ってくださいませんかね。
パリB 先生、そんなに難しい問題なのでしょうか?
女が独白を再開する。
女 だけど、もう私は死んだってかまわない。私は罪の女、それは事実だもの。
ずっと、神様に背中を向けてきた。私のことなんかどうせわかってくれない、自分の力だけで生きていくしかないって。だけど、とうとう捕まって、私は死ぬことになった。そして、初めてわかったの。神様は私のこと、全部知っているって。神様は私のこと、最初から最後まで、ずっと見守っていてくれてたんだって。
だから、こんな罪の女、赦してくれるのかどうかわからないけど、私は神様に全部お任せする。神様が私に何とおっしゃっても、私はそれに従うわ。
神様、私のような罪人を今日まで生かしてくれて、ありがとうございます。私の魂を、あなたの御心の通りに扱ってください。
パリA 先生!
パリB 先生〜!そろそろ何か言ってくださいよ。
エス、ゆっくりと立ち上がる。
エス それでは、あなたたちの中で、罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。
エス、再び座り込んで書き始める。
パリサイ人A、B、○○先生、お互いに顔を見合わせる。
AとB、ひそひそ話をする。
パリA ○○先生がまず石を投げるだろう。俺たちはその後に続くんだ。
パリB そうだな。
パリA ○○先生!
パリB 石を投げて下さい、さあ、○○先生!
○○先生 …ううむ。
○○先生、石を拾い上げる。
長い沈黙が続く(太鼓の音)
○○先生 ぐぐぐ…
○○先生 っく…ううう…あああああああああ!
○○先生、突然石を放り投げ、泣き始める。
衣を裂き、取り出したトーラーを地面に叩きつけ、悔しそうに、足で踏みつける。
○○先生 ちくしょう、ちくしょう…。
私が人生で打ち込んできたことは…。うううわあああああああんんん…。
○○先生、泣きながら立ち去る。
周囲はイエス以外、呆然としている。
パリA お、おい、一体、何が起こったんだ?                                               パリB さあ、よ、よくわからないが、と、とりあえず俺は○○先生を追いかける!
パリA あ、待ってくれ!俺も行く!

エンディングのピアノが流れる。
エス 婦人よ。あの人たちは、今どこにいるのですか。あなたを罪に定める者はいなかったのですか。
女 主よ、誰もいません。

エス では、私もあなたを罪に定めない。行きなさい。今からは決して罪を犯してはなりません。
女  主よ、主よ…。

           【終】