「木は実で判断」の道を

「木は実で判断」の道を

 今もって、「クリスチャントゥデイが間違いなく異端である証拠・証言の情報に基づいた」とある文章が撤回されないでのです。それで、文章を書いた方以外の第三者が提示する証拠や証言そのものを文章の中に、当然期待するのです。
 しかし私が見出すことが出来るのは、文章を書いた方の断言だけです。根拠の事実そのものを、今、ここで文章を書いたご当人が自分の言葉で提示,明示
すると説得力があるはずです。

 このような現状の中で、私は、「木は実で判断される」との道を歩みます。主の僕仲間(黙示録22:8,9)と共に、「聖書をメガネに」、クリスチャントゥデイの記事やコラムを積み重ねる地味な営みです。それが私の説教です。高校生時代に説教者として召命を受け、それに応答して教育を受け、働きを続けてきた者として、これ以外他に方法がないのです。