中村獅雄著作集 1巻 2巻 3巻 新教出版 持参の背景 その2

中村獅雄著作集 1巻 2巻 3巻 新教出版 持参の背景 その2

聖書解釈学の授業を毎年継続していく中で、聖書解釈の歴史を学ぶ時間が次第に長くなる傾向がありました。世界の教会の聖書解釈の歴史を大きく見るばかりでなく、日本の教会史の中で、先達が実際どのように聖書解釈の営みをなしてきたか、実例に注意を払う努力を課さててきました。
 例えば、笹尾鉄三郎先生、高校の先輩の沢崎堅造先生。そして1970年代のある年、中村獅雄先生を取り上げたのです。
 なぜ、中村獅雄先生を取り上げたのか、直接のきっかけの理由を思い出す手がかりとなる記憶も記録も、いまではありません。
 しかし、一つのことは、明らかです。
 中村獅雄先生の『主の祈り講解』において展開されている、三位一体なる神に焦点を合わせて解釈方法を見て、渡邊公平先生の三一体論的認識論や上智大学神学部の恩師ペテロ・ネメシェギ神父の三位一体論に基づく神学展開との共通性を認め、深い近親感を覚えました。

 今回、特に二つの理由が重なり、中村獅雄著作集 1巻 2巻 3巻を、それなりの覚悟と期待を持って、持参しました。
 一つは、4月から、青梅市のちいろば聖書集会で、月1回、主の祈りに基づき宣教を重ねており、中村獅雄先生の『主の祈り講解』を読み直していることです。その関連で、YouTubeで,「主の祈りに励まされて」とのシリーズを続けています。
 さらに、明日7月13日(水)石川福音教会の半日修養会の主題も、
 「主の祈りにはげまされて
  −三重の恵みー」としました。

 もう一つ、私にとって大きな導きがあります。
 1970年代の初めに、中村獅雄著作集 2巻 3巻を手に入れていました。首里福音教会を去るに当たり、蔵書を処理しなければならなかった中でも、この2冊は手元に残して置いたのです。
 ところが、最近になって、ある方の協力で、インターネットを通して、中村獅雄著作集 1巻を摂理的な導きで手に入れたのです。
 そうです、中村獅雄著作集 1巻 2巻 3巻を熟読する思いで、心を熱くしているのです。クリスチャントゥデイでの「聖書をメガネに」の充実に寄与すると期待しながら。