伊江島中高キャンプの旗、キリストの旗を高く掲げ続ける

 

伊江島中高キャンプの旗、キリストの旗を高く掲げ続ける
 
 私の聖歌718「すくいぬしの愛と」には、「バルト/旗を高く」と書き込みがあります。
 残念ながら、どの本であったのか記憶も記録もないのですが、バルトのことばとして、「旗をたかくかかげる」のと、「旗をたかくかかげ続ける」とは違うを強く心に響き、聖歌7184節、5節を歌うたびに思い出すのです。
動画34 https://www.youtube.com/watch?v=-mKxfS_tdCQ
動画35 https://www.youtube.com/watch?v=aAO93INi8XI

★1958年4月、日本クリスチャン・カレッジ入学後、最初に学んでクラスの一つは、ウエストミンスターで学んで来られた柳生望先生のクラスでした。
そこで、「宮村、君の聖書観は、機械霊感説だ」との指摘を受けました。
その時から、聖書をどのように見るか、どのように解釈するかが、私なりに真剣な課題となりました。
 その出発点で、当時ごく限られた知識の中でも、興味と関心を持ち始めていたカール・バルトの『ローマ書講解』の第一版への序の中の文集から、生涯を貫く指針を与えられました。
 聖書理解の準備段階として、聖書の歴史批判的研究法は、それなりに正当であるとバルトは十分認めた文章の直後に、
「歴史批判的研究法と、古めかしい霊感説(機械霊感説をも含むと私は理解)とのどちらかを選ばなければならないとすれば、私は断然後者を取るだろう。霊感説は、はるかに大きく、深く、重要な正当さを持っている」とバルトは言い切り、その理由、根拠を提示しています。