ヨハネの手紙第一に見る聖霊ご自身

ヨハネの手紙第一に見る聖霊ご自身
2012年年9月23日(日)午後
聖望キリスト教会 聖書味読・身読会

[1] 序 

ヨハネの手紙第一に見る交わり・聖徒の交わりの原動力である、聖霊ご自身の働きについて、ヨハネの手紙第一で教えられている事実を確認します。
聖望キリスト教会に直接宛てられた手紙として読みたいのです。

[2]2章20節

「あなたがたには聖なる方からの注ぎの油があるので、だれでも知識をもっています」と、聖霊ご自身に導かれる幸いをヨハネは示し、受信人たちのあるべき恵みの立場を描く。
①「聖なる方からの注ぎの油がある」(2章20節)、恵みの事実。

②「知識を持ち」(2章20節)、「真理を知る」(2章21節)、聖霊ご自身の働きと人間の知識・認識。

③「御子を告白する者」として、「御父を持っている」(23節)、三位一体の生ける神を指し示す。

[3]2章27節

「あなたがたの場合は、キリストから受けたそそぎの油があなたがたのうちにとどまっています。それで、だれからも教えを受ける必要がありません。彼の油がすべてのことについてあなたがたを教えるように、─その教えは真理であって偽りではありません─また、その油があなたがたに教えたとおりに、あなたがたはキリストのうちにとどまるのです。」
キリストから受けたそそぎの油がうちにとどまっている受信人は、「だれからも教えを受ける必要が」ない。なぜなら、「その油がすべてのことについて」教える。そして、「その教えは真理」であるとヨハネは指摘する。

聖霊ご自身の導きにより、主イエスを心に信じ、口で告白し、生活と生涯において従うキリスト信仰は、知識を軽視したり、無視などしない。参照箴言1章7節、Ⅰコリント1章30節、ピリピ3章8節。

[4]3章24節

「神の命令を守る者」として受信人たちは、御子イエス・キリストの御名を信じ、互いに愛し合う生活を重ねて行く。
この神の命令を守る生活・生涯は、父なる神を「アバ、父よ」と呼び、従順に従う徹底的に人格的な関係である。

「神のうちにおり、神もまたその人のうちにおり」
 「うちにおる」また「とどまる」と訳されている単語は、Ⅰヨハネに25回、またヨハネ福音書では41回も用いられている、ヨハネ特愛のことばの一つ。「神のうちにあり」が第一で、中心。しかしさらに「神もまたその人におり」と、相互関係を示している。参照2章24、27節、4章13、15節。

「神が私たちのうちにおられるということは、神が私たちに与えてくださった御霊によって知るのです」。賜物としての聖霊ご自身は、受信人たちのうちにあって、正しい信仰告白、正しい認識、正しい生活実践へと導く。それは自己満足からの解放であり、同時に積極的な生き方への導きである。

[5]4章13節

ヨハネ3章24節と同様、4章13節でも、互いに愛し合うことと御霊の注ぎが堅く結ばれている。 
(1)主なる神が私たちのうちに、
私たちが主なる神のうちにと、主なる神と民の基本関係の中心である、主なる神と民の相互の関係をヨハネは重視する。

(2)御霊ご自身は、私たちを助けてくださり、主イエスにある父なる神の愛を受け入れることを可能にしてくださる。参照Ⅰコリント12章3節。そしてこの恵みの関係に生かされていることを自覚する恵みに導いてくださる。

(3)聖霊と愛の結び付きについては、ガラテヤ5章22、23節を注意したい。
「しかし、御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。このようなものを禁じる律法はありません。」

木が一つの場所にとどまり、時間をかけて実を結ぶように、ヨハネの手紙を受け取った人々も、それぞれが兄弟姉妹の交わり、社会の現実の中に場を与えられており、主イエスと生きた関係、また兄弟姉妹との主イエスにある交わりのうちに成長させて頂き、それぞれにふさわしい御霊の賜物の実を結んで行く。

(4)このように聖霊ご自身の導きによる愛の交わりの拡がりは、主イエスご自身の模範から弟子たちへ、そして弟子たちからヨハネの手紙を受け取る人々への拡がる。

[6]結び

恵みの事実の認識
ヨハネお手紙の受信人は、主なる神がこれほとまで愛してくださっている恵みの事実を、聖霊ご自身の助けにより思い巡らし、認識するように導かれている。 

詩篇48篇9節。
「神よ。私たちは、あなたの宮の中で、
あなたの恵みを思い巡らしました。」。
主なる神により与えられた恵みを、思い巡らす→恵みを確かに心に刻み、日々の生活の中で実を結ぶ。これが、聖望キリスト貴教会全体と各自の歩むべき道、感謝です。