『あれれ、吉枝君また先を行く』

 2012年5月9日(月)、吉枝隆邦君が武蔵野線東所沢駅の改札へ、私のずっと先を行く姿を目にしたのです。日本センド派遣会理事会出席のためセンドセンターへ向かう際です。

吉枝君は、いつも私の先を行く。それが私は嬉しい。

 1957年4月、高校同期の吉枝君は、私より1年先に、日本クリスチャン・カッレジに入学し、4年後当然1年先に卒業。

 さらに脳梗塞の発症に至っては、吉枝君の発症は、2009年の私の発症の10年前。
 私よりも重症な中から回復、生涯一筋の道・日本hi-b.a.高校生伝道への専念を貫き先を行く吉枝君の姿・イメージが、発症のため入院した当初から、私にとり確かな励まし。先を行く吉枝君なのです。

 あの5月9日(月)から丁度1週間後5月16日(月)、台東区は谷中の吉枝宅へ、私たちは向かいました。ペンケン祈祷会に出席するたに。
今回のペンケン祈祷会に備えて、吉枝君は、同窓会の会報に以下の記事を投稿していました。

ペン剣祈祷会(キリスト者開成会例会)
 三ヶ月に一回、開成高校を卒業したクリスチャン達が集まって母校の祝福と霊的な覚醒のために心を合わせて祈っています。
この祈祷会はそもそも宮村武夫君が初めに提唱したもので、開成高校在学中はそれぞれ別の時代の聖書研究会に属し多くの恩恵を受けた者たちがほとんどです。

高校生時代が将来の人生を左右する大事な決断をしなくてはならない時であるのに多くの高校生はそのための指針となるものを何も持っていません。私たちはクリスチャンだった先生(曾祢武校長、米山四四男先生など)や先輩や友人の導きによって聖書に出会い、これを指針とするための正しい学び方も教えてもらいました。在学中は級友達につたないながら一生懸命証ししたものです。  

今、後輩達や先生方にもこの恵みを知ってほしいとの心からこの祈祷会は始められました。初期には母校の近くの喫茶店で集まっていたのです。しかしいろいろと制約もあり余計な費用もかかるので、母校から遠くない台東区谷中の吉枝宅に隣接する集会室に場所を移して実施しています。
 月曜日の18:30から聖書のメッセージの後、各人が祈るべき課題を提出して全員が祈ります。その後夕食をしながら近況報告や情報交換などに時を過ごし、次の日を決めてから校歌斉唱で21:00に終わります。毎回十人程度の参加です。夕食の実費として千円を払っています。

 2011年7月18日(月)が始められてから25回の節目だったので、まだ知らないクリスチャンの開成会員にも呼びかけたい、私たちの祈祷会が隠れクリスチャンのカタコンベの集まりになってはいけないと考えおおやけにして、同時に広く呼びかけるものです。

 自分は関係ありそうだと思う方は吉枝隆邦台東区谷中4−3−20 電話03−3828−8386)に連絡ください。
 またはメールでtyoshieda@jcom.home.ne.jp (写真・前列左から、川田愉(S41)、吉枝隆邦(S32)、宮村武夫(S32)、吉田鋼志(S 36)、後列左から、桧垣卓司(S33)、亀井正之(S37)、土肥由長(S29)、木田浩靖(S63)、平田康夫(S29)、阿部正紀(S37)、以上は全員常連)

 この文章に4名の方から応答があったそうです、
5月16日(月)の29回ペンケン祈祷会には、新しくアッセブリー教団神召教会に属し聖学院中学高校の校長をした先輩と浅草カトリック教会の後輩が参加、会は一段と盛り上がりました。
 カトリックの方の参加は初めてで、一同大いに喜ぶ。

 拙宅での市川うちな−んちゅの部屋祈祷会は、7月が11回です。

 あれれ、吉枝君また先を行く。
それが嬉しい私。