『礼拝の生活』再考、その44

1971年5月16日

(巻頭言)『礼拝の生活』43号
「恵みと責任ープレハブの場合ー」
 
 長い間祈り、献げてきましたプレハブの建物が、5月13日(木)に出来ました。これは、主なる神から与えられた大きな恵みです。
 過去の導きを思い起こしながら、この恵みをいかに生かし続けていくべきか考えてみます。
 
プレハブについて、具体的な計画が最初になされたのは、昨年12月27日の執事会においてでした。しかし、具体的な計画がなされる数ヶ月前から、その必要が痛感され、祈られてきていました。そうした目に見えない歩みの背景の中で、執事会は、以下の提案を役員会に提出したのです。
①新しくプレハブの建物を建てそこを牧師の書斎、高校生のクラス等、小集会のために用いる、
②今までの牧師の書斎を幼児園の事務室とすることにより、母子室や台所を含め、それぞれの機能をはっきりと区別して用いるとの提案です。
 
一月の役員会では、執事会の提案を中心にいろいろと討議がなされました(礼拝の生活29号参照)。その結果、6坪程度のプレハブ建設のために、4月11日のイースターを目標に特別献金を行うことになりました。この決定はかなり勇気を必要とする決定でした。なぜなら、12月末の時点、会堂借入金の第一年目の返済金33万6千円中、24万余円しか満たされていませんでしたし、今後十年間で480万余を返済する責任を考慮しなければならないからです。こうした現実の厳しさと種々の制約を自覚し、しかも必要を明確に認めて、プレハブ新築の決定をしたのです。
 そしてイースターの特別献金を中心に24万円が備えられました。まだ7万余の必要が残されています。しかし確かな導きを実感させられる方法で、プレハブは建てられました。
 
 ではこのプレハブの恵みをいかに生かしていく責任を、私たちは与えられているのでしょうか。
 まず牧師の書斎としての機能が考えられます。
キリストの教会は、聖書に立って生きます。
ですから、主と教会に仕える僕としての牧師は、何よりも第一に聖書を深く学び続ける責任を与えられています。私たちの群全体がさらに徹底的に聖書に聞き従って生きるために、この書斎で、牧師は御言葉に集中すべきです。
今や、牧師は不勉強の言い訳が出来ません。
 
また、このプレハブは教会学校幼稚科を三つに分けることを可能にしてくれますこれは、より充実した教会学校の未来像の前味です。
プレハブは、また礼拝直後の高校生会のために用いられます。高校生への宣教は、今年度の大きな祈りの課題です。高校生会は、未だ歩みだされていない現状です。しかし信仰において豊かに存在しています。
 
プレハブ新築によって新しく開かれたもう一つの可能性は、日中の小グループ、また、個人的な聖書の学び、祈祷会です。いろいろ異なる必要に応じた小グループの集まりの重要性は、改めて主張するまでもありません。
 
さらに、記録の整理、謄写印刷などを中心とした教会事務能力について考えられます。今まで備えられてきた備品を、より効果的に用いるスペースが与えられてきたのです。
さらに必要な備品を備え、利用する道が開かれたのです。
 プレハブは、私たちに与えられた恵みです。しかしこれで自己満足してはなりません。この恵みを忠実に生かし切って、さらに大きな恵みと責任を与えられるべきです。
プレハブは恵みであると同時に、課題・責任です。

★本日7月4日(水)午後から夕方、青梅キリスト教会の素晴らしい牧師書斎で、林桂司牧師と、久しぶりに実に祝福豊かなときを過ごしました。
 
 あの「プレハブは恵みであると同時に、課題・責任」の40年後の結実です。
さらに今の豊かな恵みの対する、新たな課題・責任を林先生から伺う,心熱くするときでした。感謝。