−聖書 沖縄 人間・私−そして最後の歩みに備えて その4

−聖書 沖縄 人間・私−そして最後の歩みに備えて その4

[4]集中と展開
25年の沖縄での生活と西部部会での歩みを経て、結び・出発点に今立つと自覚。
25年の歩みを踏まえて、今何に集中するのか、これからどの方向を展望するのか。
集中 
日本センド派遣会理事会と相談、2011年4、5月に沖縄から東京へ移住を検討。

展開
①25年の沖縄での生活で出会った方々に祈り支えられて東京へ。深川に生まれた者として故郷東京下町を視野に入れ、千葉県市川市の聖望キリスト教会と宇都宮キリスト集会  に根差した、Ⅱテモテ4章2節の勧告への応答。
 聖望キリスト教会は、10余年前、開成中学1年時のクラスメイト大竹堅固君宅で家の教会として主日礼拝をスタート。最初から現在まで、年に4回主日礼拝と午後の集中的組織的聖書の味わい聖書味読会を私は担当。背後には大竹兄のご両親の戦前からの祈り。

②高校生時代キリスト信仰に導かれ、最初のキリスト証言の場だった母校。
同窓生の祈りの群れペン剣祈祷会に根差して母校関係者への宣教。

③西部部会から再度東部部会への道を求めて。

★展開の現状報告 2011年5月に関東に戻り、2017年10月の時点で
①2014年3月以来、千葉県市川から江戸川を渡り、東京江戸川の小岩に移住。
江戸川は、50余年前、万代恒雄先生の司式で洗礼を受けた川。
小岩は、小学校4年生から高校生時代まで生活し、キリスト信仰に導かれた場所。住居は、母教会から、私の足でも歩いて行ける場所。

②人事と経済が含む制度の教会から離れ、宇都宮キリスト集会に属し歩みを続けた来たのに加え、青梅のちいロバ聖書集会の牧会も。
 同様に、願っていた、従来の組織の神学教育機関での働きの道が閉じられる。その代わりのように、思いを越えて、クリスチャントゥデイの働きに参与。この働きを、エステル4:14の応答として受け止めています。

③ペン剣祈祷会は、上野谷中の吉枝宅から、ペン剣祈祷会小岩、ペン剣祈祷会神田広がりと小さな波紋の広がり、感謝。組織の教会から離れた時、それでも祈りは出来ると励まされた通りです。

④インターネット通しての働きが聖霊ご自身の恵みとするなら、神を通する伝達は受肉を中心とする恵み、両者のいずれもの必要を覚えます。

⑤不足、欠如の恵みに応答して、
「ああ神の前にわれいそしまん
 わざやむるときのまじかき今」の道を歩まして頂きたいのです。