2017年パウロ会、その3 いのちのバトンタッチを垣間見てー母典子、妹恵美子と姪英恵、三人の長女の長女出産ー


2017年パウロ会、その3

いのちのバトンタッチを垣間見てー母典子、妹恵美子と姪英恵、三人の長女の長女出産ー
 今年のパウロ会では、私たちの両親の曾孫鈴乃ちゃんのパウロ会デビュー、特別の恵みです。
 足立キリスト教会を会場とした集いの冒頭で、同教会の末弟三郎牧師の司式による幼児祝福式が予定されています。この恵みの時を前に、三人の長女の長女出産の事実を思いめぐらすのです。
(1)1948年3月、母典子、長女恵美子を出産
 当時私たち家族は、福島県現在のいわき市成沢鉱泉の地区にあった、父が経営していた成沢炭鉱に住んでいました。
 4月から、東京江戸川区小岩の祖母と住み、小岩小学校へ転校するため、私は成沢を離れたのです。
 その際、平の病院で妹恵美子を出産した母のところに寄り、妹に初めて会いました。今にして思えば、両親が私の中学受験を考えた計画だったのですが、私は十分事態を理解しておらず、初めてあった恵美子がやけに小さいなとの印象だけをもって、数時間後東京へ向かいました。
 その時、母の両親・代官山に在所山梨県都留から移り住んだ、市川の祖父母は、すでに何年も前に死去していました。

(2)1982年秋、妹恵美子が長女英恵を出産後、福岡で面会
 当時義弟嶋崎英康さんは、営業部門のバリバリの働き手、広く九州全体を担当する営業マンで、嶋崎夫妻は福岡に住んでおりました。
 私は、東京から沖縄へ帰る途中福岡へ寄り、嶋崎ご家族を訪問したのです。
その時の一場面を忘れることが出来ません。そうです。マンションの部屋の真ん中で、ちいさな姪英恵ちゃんを湯浴びさせていたのです。側に恵美子がじっと見つめてはいましたが、会社で活躍する嶋崎さんからは、ちょっと想像しがたい細やかな配慮で、英恵ちゃんを。
 数時間後、沖縄へ向かいました。あの東京へ向かった時と同じく、両親を亡くした長女が、長女を出産。私の中では、妹恵美子と姪英恵が、完全に重なり合いました。

(3)2016年12月、姪英恵が長女鈴乃を出産
 深い、深い喜びでした。
義弟嶋崎さんは、働き盛りの年代で、ごく短期間の闘病の後に死去。そのような中で、残された家族のために行き届いた配慮を払っておられました。その守りの中で、娘二人の大学卒業の責任を果たした妹恵美子も、嶋崎さんの10年後、同じ病気で召天。
 このような現実の中で、北海道出身の後藤君と姪英恵さんの出会い。後藤夫妻の存在は、パウロ会にとり新しい息吹となりました。
 その上にです。鈴乃ちゃんのパウロ会デビュー!
それぞれ、両親の死去の中で、ー母典子、妹恵美子と姪英恵と三人の長女の長女出産ー
 いのちのバトンタッチです、感謝。