「聖書をメガネに」の基盤、その1−渡邊公平先生からの学恩−

「聖書をメガネに」の基盤、その1−渡邊公平先生からの学恩−


聖書をメガネに万物を見る。今、クリスチャントゥデイの働きに参与する中で、私なりに自覚し、実践している立場は、恩師・渡邊公平先生を通して教えられた道に基づきます。
1961年4月から3月までの日本クリスチャンカレッジでの渡邊公平のもとでの1年間は、私の生涯の基盤であり続けています。

「2005年11月18日渡邊公平先生御召天後、東京基督教大学図書館の求めに応じて以下の拙文を、手短に心を込めて書き記しました。

「渡邊先生からの学恩」
1961年4月、渡邊公平先生は、神戸改革派神学校から日本クリスチャンカレッジへご転任。私どものクラスはそのとき4年生になったところで、1年間渡邊公平先生から組織神学と『神学と哲学』の授業を受ける恵みに預かりました。
最初の一年、先生はご家族を神戸に残され単身赴任、学生寮の一室で生活なさいました。
そのためしばしば先生を私は訪問、幼稚なしかしその当時の自分なりには真剣な課題をめぐり質問をなし、先生からも真剣なお答を受け、こうして生涯を貫く神学的基盤が据えられました。
卒業後1年間は、週に一度埼玉の寄居から東京杉並の浜田山まで通い、ベルクワーのGeneral Revelationの通読を中心にご指導を受けたのです。

1963年から1967年の留学時代、先生が書き送ってくださった手紙の内7通が手元にあります。今、ここで一通一通を味読し、生涯の恩師を偲びます。また説教と講義、何よりも私の目前にいるお一人お一人との対話において、聖霊ご自身の導きによるしなやかな喜びを注ぎ続け、渡邊先生からの学恩に報いたい、そう思い定めているのです。」
 
渡邊先生を学生寮の一室に訪問し導きを頂いた中で、特に目から鱗が落ちる思いの記憶があります。それは、聖書をめぐる基本的理解についてでした。
 高校生のとき、キリスト信仰に導かれて以来、私は、聖書は神の言葉であると確信して歩んでいました。そうであればあるほど日本クリスチャン・カレッジで学年が進むにつれて、一つの葛藤が生じたのです。
 神のことばである聖書は真理の書であり、すべてのことについて導きと回答を与えているはずだとの思いを持ちつつ、4年生になるまでには次第に聖書から直接回答を見出せない類の事態や問いに直面するようになって来ていたのです。
 聖書は神のことばであるとの確信とすべてのことについて聖書から回答を得ていない現実が私の中で葛藤となり生活全体にも影響を与え圧迫する程でした。
 子犬が自分の尻尾を咥えようとしてぐるぐる回っているような私の課題にも、渡邊先生は、正面から付き合ってくださり、
ついに「真理は一部であっても真理である」との指摘をして下さったのです。
聖書に生ける神のすべての真理が啓示されているわけでない。
しかし聖書に啓示されている神の全真理の一部は、なお真理である。
聖書を与えられているからと言って、神の真理のすべてを与えられているわけではない。
神の真理のすべてを与えられているわけでないけれども、神の全真理の一部として真理である聖書は、まさに、
「あなたのみことばは、私の足のともしび、
 私の道の光です。」(詩篇119篇105節)。」
(宮村武夫著作6『主よ、汝の十字架をわれ恥ずまじ ドストエフスキーの神学的一考察、他』、241−243頁)
 そうです。渡邊公平先生の「神学と哲学」の講義を中心に、私が1年間で集中的に学んだことは、聖書は、単にキリスト中心ではなく、三位一体なる神中心であること。
その事実を、三位一体論の形成におけるアウグスチヌスに三位一体論的認識論の源泉を見る渡邊先生の営みを深く心に刻んだのです。
 こうして、聖書を啓示からだけでも、歴史からだけでもなく、啓示と歴史の視点から読む、聖書で(聖書をメガネに)万物を読む、認識理解する道を歩む身となったのです。