沖縄の女性物理研究者・教育者からの便り その1

沖縄の女性物理研究者・教育者からの便り その1

宮村先生へ
 テオピロ神学リンクの神学生として,二年目を迎えております。聖書をメガネとして思索する時を与えられ,感謝しております。これを機に,現役の大学教員で,教育研究に携わる者として,日々の暮らしの中から,思うところを少しずつ綴って参ろうと存じます。

 私は,琉球大学時代にキリスト信仰に導かれました。理学部物理学科(当時)を卒業し,大学院時代を福岡で過ごし,母校に職を得て沖縄に戻りました。それから長い年月が経ち,・・・今日に至っております。

 教育研究を始めるにあたり,どのような姿勢で臨んだのか,着任当時を振り返ります。
詩篇111:2に,「主のみわざは偉大で,みわざを喜ぶすべての人々に尋ね求められる。」とあります。神様の創造されたものの中に,自然現象の中に普遍的な法則を見出していく,そのような知の営みに対する憧れが,研究への思いの原点にありました。実験を通して,新しい現象に出会う喜びを経験していたからです。
 一方で,教師になるための備えはしてきておらず,手元にあった教会学校の教師向けに書かれた指導書の中にあった“教育”という言葉の原意を指針といたしました。教育という言葉の由来は,ラテン語の“引き出す”にあるという内容でした。

 今日,振り返って思いますに,決して順風ばかりではありませんでした。苦難のときも試練のときも,それなりに経験してきました。それでも,大学という組織の中にあって立場・役割が与えられ,生かされてきたことに感謝を覚えます。

 思い起こせば,先生との交わりは,首里のご自宅での聖書の学びの集いに,私がおそるおそる参加したところから始まっています。2010年の秋のことでした。そして,その翌年の5月に,先生ご夫妻は,沖縄から関東へお戻りになられました。当時,25年間の沖縄での働きを終えて,故郷にお戻りになる半年くらい前というタイミングでした。
N.K.