使徒の働き味読・身読の手引き・その15

沖縄で聖書を、聖書で沖縄を読む。
首里福音教会、その主日礼拝を中心にした営みの報告。

「ステパノの宣教」(Ⅱ)
                 使徒の働き7章20節ー38節

[1]序 
今朝は「ステバノの宣教」の第二回として、20ー38節を通しステパノがモーセについて説き明かしている事柄を味わいます。
 アブラハムとヨセフに続き、モーセについてステパノはさらに詳しく語っています。ステパノは聖なる所・神殿とモーセの律法に逆らう者として訴えられているのですから、モーセについてどのように理解するかを提示すことが、ステパノの弁明の中心になるのは当然です。
ステパノがモーセについて描くにあたり、イスラエルの民がモーセを理解せず、反逆する時事湯を強調している点が目立ちます。
また主なる神がモーセに語り、救いの御業を展開なされたのは、約束の地でも神殿でもなく、エジプト,ミデアンそして荒野においてであるとステパノは明らかにして行きます。そして民が拒むモーセを主なる神が解放者として立てられた事実は、主イエスの十字架による救いをを指し示しています(使徒2章23、24節「あなたがたは、神の定めた計画と神の予知とによって引き渡されたこの方を、不法な者の手によって十字架につけて殺しました。しかし神は、この方を死の苦しみから解き放って、よみがえらせました。この方が死につながれていることなど、ありえないからです。」).

[2]モーセを拒むイスラエルの民 
モーセに逆らうのは自分ではない、イスラエルの民が誇りとする彼らの先祖こそ、モーセに逆らったのだとステパノは明示します。
(1) 第一の場合。
17節から19節で時代背景。20節では直接モーセの誕生をステパノは伝えます。さらに出エジプト記2章の記事をまとめて、モーセの少年と青年時代について、「エジプト人のあらゆる学問を教え込まれ、ことばにもわざにも力に満ち」(22節)とステパノは描いています。
 40歳になったとき、[モーセはその兄弟であるイスラエル人を顧みる心を起こし」(23節)、エジプト人の圧迫のもとに苦しむ人々を助けようとするのです。民は当然自分を支持してくれるとモーセは期待していたのに、何と彼らはモーセを理解せず拒んだのです(25、35節)。

(2)第二の場合。
モーセはエジプトから逃れ、ミデアンの地に亡命、40年の年月を送ります。
40年たったとき、モーセは有名な「燃える柴」の経験をし、主なる神はこのモーセを「支配者また解放者」として立て、エジプトで苦しむイスラエルの民の解放のために派遣します。
このモーセを通し、「エジプトの地で、紅海で、また四十年間荒野で、不思議なわざとしるし」(36節)がおこなわれました。しかし民はモーセと彼を派遣なさった神に従うことを好まず、エジプトに逆戻りすることさえ考える始末です。
このように二つの実例を示し、民がモーセに対して不従順であった事実をステパノは指し示しています。

[3]モーセにご自身を現す神
 ステパノがモーセの生涯を描くとき、民の不従順ばかりでなく、モーセにご自身を現す神の恵みの現実をはっきり描き出して行きます。
(1)最初の40年、主なる神は幼子モーセを救い、パロの娘の子として成長することを許されます。パロの宮殿の真ん中でも、主なる神の恵みの支配は貫き通されているのです。

(2)ミデアンでの40年、「逃げてミデアンの地に身を寄せ、そこで男の子ふたりをもうけました」(29節)。ミデアンの地に亡命し、羊飼いとしてのモーセの生活。
「身を寄せ」とは、在留異国人としての生活を指します。モーセを「支配者また解放者(35節)となすべく、主なる神は40年の年月を注ぎ訓練し、備え続けられます。
 「四十年た」ち時満ちたとき、燃える柴の経験を通して、モーセは契約に基づく神の真実(32ー34節)に直面します。
今ある場所が神の御臨在の故に聖なる場所である事実をモーセは悟るのです(33節)。

[4]結び
(1)イスラエルの先祖はモーセと彼を派遣なさった主なる神に反逆したのです。自らを誇ることなど全くできないのです。

(2)モーセを通して民を時放つため、主なる神は年月をかけ導かれました。四十年の期間と四十年たった時点の両方において。

(3)モーセは、民に拒まれながら解放者として立てられた事実また彼の預言(37節「あなたは私のたましいをハデスに捨てて置かず、
  あなたの聖者が朽ち果てるのを
  お許しにならないからである。」)を通して、主イエスを指し示しています。