ルカの福音書身読の手引き・その7

☆沖縄で聖書を、聖書で沖縄を読む。
首里福音教会、その主日礼拝を中心にした営みの報告。

「あなたがたのために」
ルカ2章8〜20節

[1]序 
今朝、1991年のクリスマス礼拝において教会学校と一般合同で礼拝の時を持ち、皆で共に賛美をささげ、聖書のことばに聞く機会を与えられ幸いです。「布にくるんで、飼葉おけに寝かせ」られていた主イエスのもとに最初のクリスマスに引き寄せ集められた羊飼いたちの姿に意を注ぎ、1991年のクリスマスを迎える私たちの姿勢について教えられ整えられていきたいのです。

[2]「きょうダビデの町で」(8〜14節) 2章6,7節に描いている主イエスの誕生の事実を伝達する使命を最初に委ねられたのは、羊飼いたちです。その使命を果たすために、まず彼ら自身が天使たちを通し語られたメッセージに聞き従う必要がありました。語り伝えるためには、聞き従うことが欠かせないのです。
(1)「羊飼いたち」
 羊飼いたちは、当時社会的位置の低い人々と考えられていたようです。8節に見るように、彼らが自分達の仕事に従事しているとき、主の使いが彼らに現れメッセージを伝えるのです(10〜13節)。

(2)「御使いは彼らに言った」
 羊飼いたちは、「恐れ」により心を謙虚にされメッセージを聞く備えをなされます。
 クリスマスの出来事は、「すばらしい喜び」、福音。主イエスの誕生を通して、父なる神の愛が現されています(ヨハネ福音書3章16節)。父なる神の愛に接して、心の中に喜びが満たされます。
 福音の内容は、11,12節に。当時ローマ皇帝が「救い主」と呼ばれている中で、「飼葉おけに寝ておられるみどりご」が真の「救い主」であるとの宣言をなしています。このお方こそ「主キリスト」なのです。「イエスは主」(ロマ10章9節、Ⅰコリント12章3節、Ⅱコリント4章5節、ピリピ2章11節)とは、初代教会の信仰告白の中心です。使徒の働き2章36節を注目。

(3)「あなたがたのために」
 羊飼いたちの使命は、2章6,7節に簡潔に描かれている事実を目撃しそれを伝えるだけではないのです。この事実が、御使いの伝えるメッセージにより明きかにされているような意味を持つことを理解する必要があります。救い主、主イエスを仰ぎつつ生涯の歩みをなしながら、クリスマスの出来事を人々に伝えることが彼らの使命です。「あなたがたのために」と言われているように、自分たちのためと受け止め確信することです。他の人々も自分のためのものであると受け止めることを目指してクリスマスのメッセージを伝えるのです。これは、ヨハネ福音書1章12節や3章16節を一般的にだけでなく個人的にも語られたメッセージとして受け止める道です。 

(4)天の軍勢の賛美
 14節に見る賛美は、主イエスが十字架を目前にエルサルムに近付いた際、弟子の群れの中から起こった賛美のことば(19章38節)を思い出させるものです。ここで賛美されている内容は、主イエスの誕生、ご生涯、十字架の死、復活、昇天を通して実現されていることを教えられます。 天の軍勢の賛美を聞いた羊飼いたちも、「神をあがめ、賛美する」者とされていったのです。 

[3]「さあ、ベツレヘムに行って」(15〜20節)
(1)羊飼いたちの応答。
 羊飼いたちは主なる神の御意志・計画を理解しキリストにある救いを求めて進むのです。その際、「互いに話しあった」とあるように、彼らが励ましあっている姿を見ます。

(2)マリヤの態度。
 すべてのことばを心にしっかりとめて思い巡らす。1章26節以下に見る天使の宣告以来の出来事、羊飼いたちの訪問と彼らの伝えることばの内容を思い巡らすのです。マリヤが悟ったことが、マリヤからルカに伝えられてルカの福音書1,2章の中心となっていると思われます。

(3)羊飼いたちは
 主イエスに出会った後、羊飼いたちは神をほめたたえつつ再び彼らの生活の場へ帰っていったのです。

[4]結び
(1)「あなたがたのために」。羊飼いたちは、クリスマスの出来事を「私たちのため」と個人的に受け止めたのです。私たち一人一人も、そのように「私ーーー」のためと受け止めることができますように。

(2)思いめぐらす。クリスマスの出来事を私たちも心のうちに思い巡らし聖霊ご自身がキリストに対する信仰へと導いてくださいますように。

(3)日常生活の場へ。羊飼いたちのように、私たちもクリスマス礼拝からそれぞれの場に帰ります。神を賛美しつつそれぞれの持ち場・立場で生かされるのです。