前動画集録同労者・岩崎淳兄への応答

前動画集録同労者・岩崎淳兄への応答

 深川新大橋の実家は、関東大震災に続いてあの空襲。私たち母と弟は、福島の成沢炭鉱に疎開していました。深川に残っていた従弟・従妹の半分は一夜にして死。
 

 関東大震災から東京大空襲までの期間の短さに驚きます。
その短さの間を生き切った両親や祖父母の姿から改めて学ぶべきと教えられています、

さらには、加賀藩藩士として、12歳の身で戦場に、そこから激動の中を深川で、家業に基礎を築き、政治活動の道を開いた曽祖父・撃などの生き方を。

岩崎兄。

3月11日(月) Ⅰペテロ4章の味わい その13         予定のない月曜日

3月11日(月) Ⅰペテロ4章の味わい その13 
       予定のない月曜日
動画発信遅れ
1ペテロ4:13

 

Ⅰペテロ4:13
 

[1]前半
(1)「むしろ」

 1ぺテロ4:12対比1ペテロ4:13

(2)「キリストの苦しみにあずかるのですから、

   喜んでいなさい。」

 苦悩と喜びは、両立する。

キリストの苦しみに与るさなかに、喜び。

喜びがあるからと言って、苦しがなくなるわけではない。

 

[2]後半
「それは、キリストの栄光が現われるときにも、

 喜びおどる者となるためです」

今、ここでのあり方と、未だ現実となっていない、しかし将来必ず現実となる恵みの事実との結びつき。

3月10日(日) Ⅰペテロ4章の味わい その12         ちいろば聖書集会主日礼拝宣教担当 黙示録20:11,21:5 『主の御前における、天と地と私』。 午後聖書塾 ユンゲル・モルトマン『希望の倫理』読書会。

3月10日(日) Ⅰペテロ4章の味わい その12 
       ちいろば聖書集会主日礼拝宣教担当 黙示録20:11,21:5 『主の御前における、天と地と私』。

午後聖書塾 ユンゲル・モルトマン『希望の倫理』読書会。
動画発信遅れ
1ペテロ4:12

Ⅰペテロ4:12

受信人たちが直面しつつある事態の厳しさ

その中で、ペテロの心のこもった3重の受信人たちに対する呼びかけ
[1]前半
(1)「愛する者たち」

(2)「あなたがたを試みるために」

(3)「あなたがたの間に燃えさかる火の試練」

  現に今、強調。
               
[2]後半
 受信人たちの受け止め方に対して

「何か思いかけないことがおこったように」

(1)そのように誤解する可能性

(2)すでにそのように誤解している

「驚き怪しむことなく」

(1)誤解の禁止

(2)あるべき正しい理解の提示と受容

3月9日(土) Ⅰペテロ4章の味わい その11         16:00 鍼往診治療

3月9日(土) Ⅰペテロ4章の味わい その11 
       16:00 鍼往診治療
       

youtu.be

1ペテロ4:11

 

Ⅰペテロ4:11
[1]前半
具体的適応
(1)「語る人であれば」→神のことばにふさわしく語り


(2)「奉仕する人であれば」→①「神が豊かに備えてくだある力によって」

               ⓶「それにふさわしく奉仕しなさい」

 

               

[2]後半

 目指すべき目標
(1)「それは、すべてのことにおいて、」

(2)「イエス・キリストを通して神があがめられるためです。

    栄光と支配が世々限りなくキリストにありますように。アーメン。」

クリスチャントゥデイ第106回編集会議(2019年1月25日)報告

 クリスチャントゥデイ第106回編集会議(2019年1月25日)報告

 

開催日時:2019年1月25日(金)
開催場所 岩本町事務所

(1)宮村師メッセージ


幸いな者、悪しき者の謀(はかりごと)に歩まず、罪人の道に立たず、嘲(あざけ)る者の座に着かない人。主の教えを喜びとし、その教えを昼も夜も唱える人。その人は流れのほとりに植えられた木のよう。時に適って実を結び、葉も枯れることがない。その行いはすべて栄える。(詩編1:1-3、聖書協会共同訳)

聖書の中で詩編が特別な位置を占めていることは、私たちの経験、また他の人の経験からも言われていること。150編のどこをいつ読んでも、前後関係や歴史的な関係にとらわれずに読むことができる、聖書中の聖書といえる。

「聖書、聖書」と、聖書ばかりを言うと、何か狭いような感じをしないでもない。しかし「聖書と私」という関係は変わらないが、その同じ聖書を信仰の先輩、先達たちが読み、同じ聖書を違う環境、違う時代で読んでいたことを覚えるとき、聖書を読むことによって、異なる時代の人々との交流が出てくる。

例えば、内村鑑三マサチューセッツ州アマースト大学に行く前、私よりも100年近く前に、私が学んだゴードン神学院(現ゴードン・コンウェル神学校)近くの海岸を訪れ、自分の罪を海深くに沈めたと語っている。その海岸を訪れたとき、時代は違うが内村鑑三を見る思いだった。すごく深みがあった。聖書も同じく、そのように時代を超えて読むことができる。

詩編であれば、カルヴァンの注解を非常に愛している。カルヴァン堅苦しいと言う人もいるが、ディボーショナルな読み方をしていた。さらに、アウグスティヌス詩編の読み方、現代の月本昭男先生の詩編の読み方・・・と、同じ聖書を読むことで、場所・時代を超えた交流が生まれる。

2節に、御言葉を昼も夜も読むことが書かれている。そして、そのような人は「時に適って実を結」ぶと。詩編は言葉だが、それが実となり、行いとなり、出来事となる。

そのような人は川の「流れのほとりに植えられた木」のようであり、周りがどんなに乾燥していても、実を結ぶための水がある。私たちも、その生活が不毛な環境にあるように見えても、いのちの御言葉を持っている。私たちもまた、先達と同じように御言葉を読んで実を結んでいく。

クリスチャントゥデイの一人一人の交わりは、この御言葉による交わり。御言葉を読み続けていくことによる交わり。

(2)前回議事録確認
(3)取材スケジュール確認
(4)宮村師コメント

3月8日(金) Ⅰペテロ4章の味わい その10 

       神田岩本町クリスチャントゥデイ事務所編集会議
       

youtu.be

       1ペテロ4:10

Ⅰペテロ4:10
[1]前半

前提、基盤、はじめに神、神が先手、先行的な恵み。

「それぞれ賜物を受けているのですから、

 神のさまざまなっ恵みの良い管理者として、」

(1)神の恵みに多様性

 

(2)神の恵みの所有者ではなく、管理者。

 恵みを私有化してはならない、真の所有者である方のため,他者のため活用。


[2]後半
各自の応答
(1)「その賜物を用いて、」

 

(2)「互いに仕え合いなさい。」

沖縄の女性物理研究・教育者から励ましの便り

沖縄の女性物理研究・教育者から励ましの便り

 

「宮村先生ご夫妻へ

喜びのお便り感謝いたします。

鍼往診治療を受けられ,痛みから解放されていることと存じます。
お便りの内容から,力強さが感じられました。
励まされております。感謝いたします。

別件ですが,
ブログがリニューアルされて,見やすくなっています。
毎日,楽しみですね。

主の祝福と恵みに満ち溢れ,前進されますよう
お祈りしております。

NK」