放置が引き起こす結果をどう見抜くか

放置が引き起こす結果をどう見抜くか
https://www.christiantoday.co.jp/articles/25705/20180623/theological-books-30.htm?fbclid=IwAR2L74Ww0kLx_B8MqLNT7r2Phs2gIl4TLEEa9Rkd28eSffhFxnejv3TsEl8
1986年4月、思いを越えた事態で行くところがなくなり沖縄に家族で移住して間もなく、沢正彦先生に、留学先のプリンストン神学校へ、沖縄で関わるようになっった日曜日訴訟めぐる活動を報告しました。沢先生から以下のハガキが届きました。
「懐かしいお便り感謝でした。
 沖縄の地で良きお働きをしておられること嬉しく思います。主が備え給うい、沖縄の教会で先生を必要とし、また先生も今沖縄を通して学ばれるのだと思います。・・・」このはがきと拡大した
内容を額に入れ、沖縄滞在中パソコンを打つ際目に入りやすい場所にかけていました。
 2011年5月、25年振りに関東に戻り、2014年4月からクリスチャントゥデイの働きに参与した際、沢先生からのハガキは、改めて深く私の心に語り掛けてきました。
クリスチャントゥデイが私を必要とし、また今クリスチャントゥデイを通して学ばれるのだ」と受け止めました。
クリスチャントゥデイの働きを通して学ぶべきことは、いのちのことば社・クリスチャン新聞根田兄の言動を通して波及する一連の事態に対する対処、とくに放置が引き起こす結果をどう見抜くかであると理解しています。今までハンア・アーレントの著書が手引きとなりました。本書を熟読したいと考えています。