詩篇119篇の味わい その4 詩篇119篇49-64節

詩篇119篇の味わい その4
詩篇119篇49-64節

詩篇119篇49-56節
「高ぶる者ども」の「あざけり「(51節)による「悩み」(50節)、「悪者ども」(53節)に対する憤りについて取り上げる。その中にあって、神のことばへの思い、確信を証しする。
49節
「あなたのしもべへのみことば」。
主なる神と詩人との生きた個人的な関係が基盤。
そこに立って「待ち望む」事実を、主なる神の御手から与えられている。この主なる神の恵みについての深い洞察。

50節
49節にみる恵みの事実が、悩みの中での慰め。それは空しい慰めではなく、神のみことばを熱心に瞑想するとき、心に満たされる慰め。
みことばが自分を生かしてくださる、たとえ艱難(かんなん)の中にあっても、みことばに生かされる恵みの経験を告白。

51ー53節
「高ぶる者」(51節)からのあざけりを受ける中で、詩人はみ教えからそれない。みことばに従う道に反する道は、高慢と切り離せない。
「とこしえからの定め」(52節)、主なる神がこの世に永遠の法を樹立なさり、人類に深い配慮を抱かれている事実を思い出す。そのことにより深い慰めを与えられ、信仰の戦いに備え、忍耐をもって戦いを進め得る。
「激しい怒り」(53節)、ダビデの神への恐れは、主なる神のみ教えが侮られている様を見るとき、彼の心に生ずるもの。怒ってはならないものに対る怒りからの解放とともに 怒るべきものを、怒ることが大切!

54ー56節
「私」を繰り返し、個人的経験である事実を詩人は強調。
参照19節。地上では旅人、寄留者。その者に備えられた特権。神のことばは、詩人の生涯を通じて、何物にも代えられない、喜び。
「あなたの御名を思い出」(55節)すことにより、主なる神を恐れ、神のことばを守るように導かれる。
「夜には」(55節)、参照62節、63篇5-7節。

詩篇119篇57-64節
神のみことばを守り続ける経験を重ねる中で、詩人が次第に喜びに満たされて従うようになったと証言。
57節
「受ける分」、参照民数記18章20節、申命記10章9節。
主なる神のことばを守る、そのことが最高の「受ける分」、恵み。

58節
「あなたに請い求めます」、直訳は、「あなたの顔を甘美にする」、愛顧(あいこ)を求める(参照 サムエルⅡ13章12節)を意味する、思い切った表現。主なる神に対するひたすらな願い。
詩人は、祈りの努めを深く自覚。自らの貧しさを深く知り、主なる神の一方的な憐みを懇願し続ける。

59ー61節
悪者の攻撃を身近に受けるような中にあっても、詩人は、「自分の道を顧みて」(59節)、自分の心と生活を直視し、怠惰から解き放たれ、神から与えられた召命に従えるように願い、謙虚な思いで神のみことばに意識的に服従させようとする。
「急いで、ためらわずに」(60節)、あらゆる妨害の中にあっても、信仰の戦いを続ける。
「あなたのみおしえを忘れません」(61節)、どのように悪者が責め立てても、神のみをしえに対して変わることのない愛を持ち続ける。
62節
参照55節。神のみおしえを喜び、主なる神へ感謝をささげ続ける。

63、64節
詩人は、みことばに従う歩みを一人孤立して進めているのでなく、みことを中心とした交わりの中に生かされている、主なる神ある兄弟愛、参照詩篇133篇。
さらに人々との交わりだけでなく、主なる神の創造なさり、恵みを指し示している自然界のなかで、主なる神のみとばの理解を求め続けている。
与えられている恵みを正しく受け止めるため、「あなたのおきてを私に教えてください」(64節)と、聖霊ご自身により導かれることを祈り求める。